吸血鬼ミル3 〜魔術の審判〜


西欧のとある街に。
一人の少女と、一匹の犬が、いた。
少女の名はミル。17歳。
白く長いコートを羽織って、銀色の髪と灰色の目を持つ。
まだあどけないその顔、身体には少し色気が足りないが、一応は美少女といえるだろう。
だが、その顔に浮かぶ表情。それは暗く、全身から放つオーラにも、近寄りがたいものがある。
そして決定的なのが、黒い翼。とても、美しい翼。
今はコートに隠れて見えない、いや、コートを脱いでも今着ているシャツの下に隠れて見えないだろうが。
他にも、口を大きく開くと見える、八重歯という言葉で片付けるには少々大き過ぎる、鋭い歯。
ミルはヴァンパイア――《吸血鬼》だった。
ただ、人の血を吸ったことはない。正当防衛という名の言い逃れで人を殺した事は、ある。
でも、それ以外では、人を襲ったことはない。そんなこと、恐ろしくてできない。
隣の犬は、ビス。オスのゴールデンレトリバー。人間で言うと30歳位か。
彼は、ただの犬ではない。人の言葉を完璧に理解できる犬は多少はいるだろうが、彼は人語を話すことも出来る。
そして何より、彼は魔女や吸血鬼を断罪する存在――《異端審問官》。
吸血鬼を狩る存在が吸血鬼と一緒にいるのには、深いわけがある。が、ここでは触れないでおこう。
吸血鬼と異端審問官は、今日も一緒に旅をする。
私を、私たちを受け入れてくれる人々がいる、街を探して。



「陽射はぁ、つらいよぅ……」
「文句を言わずに歩かんか。大体乗り物を使いたくないって言ったのはお主だろうが」
「だって、私、乗り物酔いが激しいんだもん〜……」
「やれやれ」
あきれられる。でも、いい。一人よりはマシだ。
今はビスが一緒にいる。犬なのに人の言葉を喋る異端審問官だ。
マリア、というとても可愛らしい女の子に飼われていたのだが、その少女が死んでしまった為、飼い主を失った今はこうして一緒いる。
「マリア……」
「まだ引き摺っていたのか。あれから2ヶ月近く経つが、我が言ったこと忘れたのか?魂が浮かばれないだろう」
「そうだけど……。
 ……それにしても、眩しいよぅ……。休もうよぅ……」
「やれやれ」
また、あきれられた。
「もう少しで教会がある。そこで休ませてもらえるだろう。
 或いは、数日泊めてくれるかもしれん」
「それはよかった。
 で、どの位?」
「あと2km位か」
「……全然もう少しじゃないよぅ!」



さて、やっとこの街の教会に辿り着いた。
「歩いてこられたのですか。お疲れ様です」
と、聖堂で神父様が出迎えてくれ、冷たい紅茶を頂く。
「それにしても吸血鬼に異端審問官とは、驚きましたね」
「そんなに珍しいか?」
と、ビス。
何で教会関係者はもっと驚くべきことには驚かないのだろうか。
「ミルさんでしたね。この日差しの中、大丈夫でしたか?」
「え、いえ、あまり……」
というかかなり大丈夫じゃない。頭がくらくらする。
「冷たいシャワーでも浴びてきたらどうです?ここを右に行った所にありますので」
「あ、ありがとうございます」
神父様の好意に応え、タオルを借りてシャワーを浴びに行く。
「って何でビスも一緒にいるわけ?」
「あ、いや、つい癖で」
「まぁいっか」
そのまま服を脱ぎ、一糸纏わぬ姿でシャワー室へ。
あれ?
「よくないよ!」
「危機感無さ過ぎだな」
「うるさい!!」
見られた。ビスに、ばっちりと全身を見られた……。
「うわ〜ん、お嫁にいけない〜」
「そう、気を落とすでない」
「原因はビスなんだから!いつまでそこにいるの!!」
「つい癖で」
「癖多いな!
良いから出てって!!」
ビスは渋々と出て行く。
油断するとすぐにさり気無くセクハラしてくるんだから。いつか罰が当たるぞ、異端審問官。



しばらくシャワーを浴びてから、聖堂に戻る。
今は上には白いシャツ一枚しか着ていない。お陰で翼は透けている。
「はあ、さっぱりしました」
「それはそれは。喜んでいただけて幸いです。
 そうだ、ミルさん――」
と、神父様が何かを取り出す。
「これは、日光に弱い人が使う塗り薬何ですが、良ろしければどうぞ」
瓶に入った薬。
「えっ、ありがとうございます!」
正直、かなり助かる。ついでに効き目の強い酔い止めとかもくれると嬉しいけど、流石にそれは欲張りすぎか。
「ところで、そんな格好で聖堂におられても大丈夫でしょうか。ここは一般人も訪れるので、見られると少々厄介ではないですか」
「あ、そうですよね」
「メアリー」
と神父様が近くにいた若いシスターを呼び寄せる。
「ミルさんとビスさんの部屋の確保を」
「あ、それはもう済んでます。恐らく泊まることになりそうだと思ったので」
「では、2人を部屋へ案内お願いします」
「はい、かしこまりました。お二人様、こちらです」
そのシスター――メアリーさんは、笑顔で親切に案内してくれた。
「わぁ、広い部屋」
「元はお客様にお寛ぎ頂くためのお部屋ですから。
 なにか用事があればそちらのベルを鳴らしていただければすぐに参りますので。では、失礼します」
笑顔で出て言った。
ビスをチラッと見ると、何か唸っていた。
「どうかしたの?」
「うむ、いや、あの若いシスターだが……」
「うわまたセクハラ!」
「まだ何も言ってないだろう!誤解を招く発言をするでない!!」
「最早誤解とは言い難いけど。裸も見られちゃったしね」
少し熱くて、着ていたシャツを脱ぐ。
「……見せているのではなくて?」
「え?きゃ!み、見るな〜!!」
「自分で脱いでおいて……まぁいい。良いものも見れたし……」
「何か言った?」
涙目で、脱いだシャツを手にして胸を隠しながら、尋ねた。熱くて脱いだ服を、恥ずかしいとはいえ再び着る気にはならなかった。
「いや、さっきの続きだが、面白い偶然もあったものだと」
「誤魔化した……って何、偶然って?」
「あのシスター、メアリーと言ったろう。
聖母マリアのことを、VIRJIN MARY(ヴァージンメアリー)と呼ぶ事もある」
「ふ〜ん……って、え?」
「つまりメアリーもマリアも、発音と記述が違うだけで、元々は同じ名前だ」
「偶然って、じゃあ、名前がたまたま同じって事が言いたかったの?」
「うむ、そういうことだ。
 ……まぁ、どちらも広く多く使われているからな。そんな偶然も大して驚くことではなかろう」
「うん。犬が喋る方が余程珍しいよね。それとセクハラしてくる犬も」
「頼むから、あまりセクハラとか言わないでくれ……一応は気を付けているつもりだ」
「ふ〜ん、ま、いっか。
その代わり今度セクハラっぽいことしたら、なにしてもらおうかな……ふふふ」
「勘弁してくれ……」



夜になり、さっきのメアリーさんとは違うシスターが、腕を奮ってご馳走してくれた。
神父様やシスター達と世間話をし、時間は刻一刻と過ぎている。そのときだった。
突如教会の扉が開き、20代後半位に見える、背の高くて細い男が入ってきた。あ、顔はちょっとカッコイイかも。
「お〜い、じいさんはいるか〜」
低いが良く通る声で、叫んだ。その声に反応し、神父様が男に近づく。
「あぁ、エリティオですか。明日到着の予定ではなかったのでは?」
「いや、いろいろあって何故か早く着いちまって。一晩この街をうろうろするのも何だから一日早く来させてもらった」
「まぁ、よいでしょう。ただ、ちょうどいま夕餉が終わったところなのですが……リル、何か……」
リルと呼ばれたシスターがそちらを振り向く。ご馳走してくれたのもこの人だ。
「簡単なのでよろしければ、残り物と一緒に調理すれば出来ますが」
「あぁ、それで構わない。ありがとな」
「はい、では今すぐお持ちいたしますね」
リルさんがキッチンへと向かっていく。
「メアリーさん、あの人は……?」
と、エリティオと呼ばれた男の方を向いて、隣にいたメアリーさんに尋ねる。
「エリティオさんはたまにここに訪れる、一応は神父です。
とてもお優しい方ですよ」
う〜ん、とてもそうは見えないが、シスターが言うことなのだから本当なのだろう。
そのエリティオさんが、こちらに向かってくる。……一応?
「やぁ、メアリー、レイ、チェル」
と、私の近くにいたシスター達に挨拶をする。
「お久しぶりです、エリティオさん」
「あぁ、元気にしてたか……って、ありゃ?このかわいこちゃんは?」
私を見て言う。当たり前の反応か。
そこに神父様登場。
「こちらのお嬢さんはミルさんと言って、今日こちらに来られました。
 歩いて教会を巡っているらしいですよ」
「へぇ、俺と似た様なものか」
「それで……ミルさん、背中宜しいですか?」
「えっ、あ、はぁ」
良くわからなかったが取り敢えず肯定し、背中を向ける。
「……こりゃすげぇな。本物か?」
と、エリティオさんが驚いたように、そして確かめるように翼に触れる。って、ちょっと待っ……。
「あんっ!」
身体がビクンっと動く。
翼は実際とても敏感で、服とかに触れている場合は問題ないが、手で触ったりすると思わず反応してしまう。いわゆる性感帯ってやつ?
「ん〜……」
エリティオさんが何かを考え、
「えい」
「きゃうん!」
また翼を触る。
「あ、あの、翼は、その……」
「とう」
「やん!」
「それ」
「あぁうっ!」
「てや」
「いや、やあぁん!!」
「調子に乗るなクズが」
ビスがエリティオさんにタックル。
「び、びす、GOOD JOB……」
あのままだと、私はどうなってしまっていただろうか。あぁ、パンツが湿ってる……。
「いたた……すまんな、触り心地が良くてつい……」
苦笑を浮かべ、罰が悪そうに謝る。
ちなみに神父様もシスター達も、その奇行の始まりから終わりまで、唖然としていたようだ。
「でも、吸血鬼、だね?それと、あの忌々しい異端審問官か」
「忌々しいとは何だ。お前のが余程あれだろ、セクハラ野郎」
ビス、お前がそれを言いますか……ん?
ビスの紹介はまだなはず、なのにどうして知っているの?
「相変わらずだな、メドゥス」
「今はビスと名乗っているがな」
話についていけてない。
「あ、あの……」
「あぁ改めて言うけど、ごめんよ、ミルちゃん」
「いえ、セクハラは普段からされているから平気なのですが」
一瞬だけ、ビスをチラッと見、視線を元に戻す。
「えっと、二人は知り合いなんですか?」
「一応な。昔はよく二人で死合なんかしてた仲だよ。
 ……あれ?今さらっと問題発言したよ、この子」
と、首を傾げるエリティオさん。
あなたたちのほうが問題ですよ。なんですか、死合って。
「おい、どういうことだ、メドゥス」
「心当たりは無いな」
と、そっぽを向くビス。
「……犬だからという言い訳をしてやたらと私を、特に顔を舐める。
 さり気無くシャワーについていって人の裸を覗く。
 後は私の足に身体を摺り寄せてきたり、布団に潜り込んできたり、着替えを覗いたり……」
「着替えを覗いたことは無いだろう!」
にやっと笑う。引っかかった。
「確かに着替えを覗いたこと『は』なかったかもね」
「……すまない」
まぁ、素直に謝ったし、一応許してあげよう。
と思ったけど。
「おい、メドゥス……いや、いまはビスか。誰がセクハラ野郎だって?」
「……言葉のあやだ」
「意味不明ない言い訳してんじゃねえ!!」
ぎゃぁぎゃぁと煩い。
……でも、まぁ、エリティオさんみたいなカッコイイ人にならセクハラされてもいいかも……って!いいわけないじゃん!!



もう一度シャワーを浴びて、部屋に戻る。
白いシャツがちゃんと水気を拭き取らなかった肌のあちこちに張り付き、特に翼の辺りは透けていた。
「あれ?」
部屋にはビスしかいないと思っていたのだが、もう1人、いた。
「エリティオさん?どうしたんですか?」
「ああ、ミルちゃんか。実は、ここに泊まることになってな」
「え?ここって、この部屋にですか?」
「ああ。
 それにしても、可愛いよな。メドゥス……じゃなくてビス、羨ましいぜ。
 しかも風呂上りで頬が火照っていたり、水が滴るその髪もポイント高いな」
褒められた。エリティオさんに。
しかも寝るときは同じ寝室。
「あ、ありがとうございます!」
「ミル、あまり大声を出すでない。はしたない。
 お主もだ、エリティオ。年端もいかない少女にあまり無責任な言葉を……」
「ビス煩い」
まだ喋っている途中のビスを睨んで黙らせる。
「はは、吸血鬼に睨まれて黙る異端審問官。面白い図だな。
 にしても、翼透けて見えるけど大丈夫?」
と、エリティオさんが心配してくれる。
「いや、我は……」
「大丈夫です、エリティオさん」
エリティオさんは神父だというし、一般人がここまで尋ねてくることはないので大丈夫だ。
「というかミル……」
「何さ?」
「背中が透けてるって事は……言っておくが、まだ何も見てないからな」
何の話だろう?と思っていると、エリティオさんの声。
「先っぽもピンクで可愛いな。形もいいし、大きさはちょっと足りないけど」
「え?何が……」
エリティオさんが苦笑いを浮かべながら私を指差す。いや、正確に言えば、私の、胸。
「え?えぇ?!やあぁぁぁ!ビスの馬鹿ぁ!!」
「見てないって言っただろう……」
当然か。良く見れば腕とかにも張り付いて透けていたし、このシャツなら濡れていなくてもうっすらと見えるだろう。
「あ〜ん、今度こそお嫁にいけない〜」
「大丈夫、そうなったら俺が貰ってやるさ。
 ただ、ミルちゃんに限ってそんなことは無さそうだけど」
いや、吸血鬼だし、さすがにそれは素直に喜べない。
でも、エリティオさんに貰われるなら、いっか。
「他は透けてない?」
ベットの上のタオルケットに包まって訪ねる。
「大丈夫だと思うよ。さすがにズボンを穿いてたらパンツの中までは透けないだろうし。
 透けていたとしても、その格好じゃ見えやしないよ」
あ、そっか。
「でも、ちょっと見たかったりするんだよね」
とエリティオさん。
顔が真っ赤になる。
「おい、エリティオ。あまりミルを誑かすなよ!」
「はいはい。わかってますよ。
 ごめんね、ミルちゃん。ちょっとしたジョークだ」
ジョークだったのか。でも。
「その、ちょっとだけなら……」
「ちょっ、みっ、お」
ビスが壊れた。
「良いのかい?」
「は、はいっ」
「じゃあ、ちょっとだけ」
エリティオさんが近付いて、手を伸ばしてくる。私は胸を隠しながら立ち上がり。
ドキドキする。ついでに、顔が赤くなる。
ビスが奇声を上げる。本当に煩いんだから。
だが。
エリティオさんは伸ばした腕を私の肩にかける。それだけだ。
「はは、冗談だよ。
 もう少し自分を大切にしないと」
笑って、手を離す。
「はう〜……」
これじゃ、私が意味もなく恥じをかいただけじゃない。ビスは安心したようだが。
「俺みたいな奴より、もっと若くてカッコイイ奴にお願いしなよ。
 俺くらいになると微妙な年齢だから本気にしちまうぜ?」
別に、良いのに。
「まったく、お主は昔からほんとに人を脅かすのが巧いな」
「それは褒め言葉か?」
「ああ、憎しみが大いに篭った褒め言葉だ」
「ありがたく受け取っておくぜ」
「……」
ちょっとだけ、虚しくなった。



皆が寝静まった頃。
私はふと目が覚めた。
「……少し、喉が渇いたなぁ」
ジュースか水を貰いに、迷惑にならないよう静かにキッチンへ向かう。
キッチンに着く。が、誰もいないと思っていたキッチンに明かりが点いていた。
「?」
誰かいるのかな、と思いながらそっと入る。
人がいた。
「エリティオさん?」
エリティオさんの肩が少しビクンッと動く。
「あ、あぁ、ミルちゃんか。脅かさないでくれよ」
苦笑を浮かべているエリティオさんの前には、ワインの空き瓶があった。
「いえ、脅かしたつもりでは……」
「いや、充分驚いたよ。
 ミルちゃんもこそこそとジュースでも貰いに来たのか?」
「こそこそは余計です」
確かに音を立てないよう気をつけたが、別に悪いことをするから、ではない。
「まぁ、いいや。ほら」
コップを投げて寄越す。
「おっとと。ありがとうございます」
冷蔵庫から葡萄ジュースを取り出し、コップに注ぎ、一気に飲み干す。
爽やかでしつこくない甘みと若干の酸っぱさが、喉を心地よく湿らした。
「ミルちゃんはもう寝るのかい?」
「そういうエリティオさんは?」
こんな時間だ。普通は寝るべきだろうが……。
「俺はちょっと散歩しようかなと思っている。
良かったら一緒にどうだい?」
「え、はい、是非!」



教会から少し離れた公園。涼しい風が吹く。
夜の風は気持ちいい。やっぱり私は夜が好きだ。
「ミルちゃんはやっぱり本物の吸血鬼なんだよな?」
「はい。そうですが……」
「その身体、何かと不便じゃない?」
確かに。暑い日とかも薄着できないし。人前で欠伸なんかすると牙が覗いたり。
「いろいろと不便ですよ。あはは……」
「そっか。大変だね」
エリティオさんがにこっと笑いながら言う。
「あっ……」
思わず頬を赤く染めた。
「……!」
……紅い液体によって。
「ごめんね。吸血鬼はこの世に居ちゃいけないんだ」
頬に浅い一線。一瞬何が起きたのか分からなかったが。
エリティオさんを正面に捉える。エリティオさんの右手。歪な形のナイフが握られている。
そのナイフが、私目掛けて飛んできた。
「っ!」
身体を捻り、エリティオさんから離れるようにかわす……が、その先にはさっきまで正面に居たはずの、
「っなんで!!」
エリティオさんが待ち構えていた。
「らぁっ!」
蹴りがわき腹に入る。
「いっ、た……!」
「まだまだ!」
先程投げたはずのナイフ。それを右手に構え、振りかぶるエリティオさん。
「くっ!」
そのナイフが届く前に、顎を蹴り上げ、距離を開ける。
「エリティオさん!なんで、いきなり……!」
「君が、吸血鬼だからだよ」
「でも、だからって私は!」
そう、まだ、今ここでエリティオさんに攻撃されるような悪いことはしていない。
とにかく、教会目指して走る。
翼を使えるようにするため、少々恥ずかしいがシャツを脱ぐ。どうせこんなに暗ければあまり見られることはないだろう。
翼で加速しつつ、後ろのエリティオさんに気をつけて……え?
「……いない?」
「いるよ」
「!」
正面からエリティオさんの声。
気付くが、時既に遅し。
「ぐっ!!」
左肘で顔を庇うように前に出したが、そのせいで左肘下から手首までに、紅い一線。
焼けるような痛みを我慢しつつ、バックステップ。
「くそっ、どうしてっ!」
かっこよくて、シスターや神父様に親しまれていて、吸血鬼の私にも優しくしてくれた、エリティオさん。
そう、思っていたのは、私のただの勘違い?ただの妄想?
「君も、しつこいな」
だって、ここで死ぬわけにはいかない。
「でも、終わりだ」
エリティオさんの姿が、……消えた。
「……え?」
何か、凄く嫌な音がした。
「なん、で……」
背中に、ナイフが突き刺さっている。
倒れそうになるが、堪えて、何とかしゃがむ。が、ナイフを抜かれ、結局はその痛みと勢いで、後ろに、仰向けに倒れてしまった。
ああ、私の人生、こんなに中途半端に終わっちゃうのかな?
「少しだけ」
エリティオさんの声。
「少しだけ、話そうか」
「……はい」
あんなに優しく見えたエリティオさんが、今は、凄く、怖い。
「なにか話したいことはあるかい?」
「……なんで、突然、襲ってきたんですか……」
「吸血鬼だからだよ」
その答えに、愕然とする。
「吸血鬼がこの世に存在するなんて、いけないことなんだ」
「でも、ビスや、メアリーさん達は、受け入れてくれて、吸血鬼であること自体は、罪じゃないいって……」
「シスターや神父がそういうのは仕方ないさ。イエス様の教えがあるんだから。
 メドゥス……ビスは、優しすぎるんだよ、君に対して」
あれ?
「エリティオさんは、神父様じゃ……」
「ああ、あれ、半分嘘。似たようなことはやってたけどね」
「そう、ですか……」
半分の嘘の内容は分からないけれど、一応神父とは、こういうことだったのか。
「……エリティオさんがこんな酷いことをする理由は、それだけですか……?」
「まぁね、充分だと思うよ」
なんか、少し悲しくなる。本当に、それだけ?
「吸血鬼に、何か、恨みかなんかが、あるんですか?」
「……いや、ないね。うん、無いよ」
「そう、ですか……、なら、本当に、私が吸血鬼だからという理由だけで……」
それだけ、私はたったそれだけで死ななきゃいけないのか?
「なら、私も、ただでは死ねませんね……」
「どうして?吸血鬼として何か遣り残したことでもあるのかい?」
「遣り残したこと……では無いけど、いろんな人と約束したんです。こんな身体でも生きていくって……」
「……それだけ?」
「……いえ。それは、おまけみたいなもんですね。
 とある、優しくて可愛い女の子がいて、その子が、私の身代わりみたいな感じで死んじゃって……。
 だから、罪滅ぼしと、その子に救われた命を簡単に失いたくないから、生き延びなきゃいけないんです」
「理由としては充分。でも」
エリティオさんがナイフを振り翳した。
「ここで殺られる理由には及ばない」
「そんなわけ、無い!!」
「えっ?」
思わず大声で叫んでしまったが、エリティオさんが怯んで攻撃をやめてくれたからいいか。
「この命は、お母さんがおなかを痛めて産んでくれて、あの子が、マリアが、私を吸血鬼と知った上で命を懸けて救ってくれた命だから!!
 だから、だから……、そんなくだらないりゆうだけで、おかあさんや、マリアのくれたこのいのちを、かんたんに、こわさないで……!!」
悔しかった。何か理由があってなら、良いとは言わないし許せはしないだろうが、納得は出来ただろう。
でも、とてもくだらない理由でこの命を奪われるのだけはいやだ。お母さんやマリアを、侮辱されているみたいで……。
「くだらない?なにが?吸血鬼という理由だけで、殺すには充分じゃないか!」
「なんで、そうなるの!
 もちろん、生きている上で罪を犯すことはある。でも、私は、今ここで殺されるような悪いことは、していない!!」
「吸血鬼であることが、充分な理由っていっただろ?」
「なら、エリティオさんは、対立する他宗教の人や他国の人は、無条件で殺したりするんですか?!」
「じゃあ君は、人類に危険な薬品は、使われるまで放っておけって言うのかい?」
「私は、そんなに危険な薬品じゃない!」
「危険物も、使われるまでは本当に危険かどうか分からない。それと同じだよ」
「私の事情も知らないくせに!私の心も分からないくせに!!」
何を言っても反論されるのが、悔しい。
それに、しつこい様だけど、マリアに救われた命が、ただ吸血鬼というだけで殺されるのも悔しい。そう、しつこい様だけど、しつこくてもいいと思う位に。
「つまり、なんだかんだ言ってるけど、ただ単に死にたくないだけ、なんだろ?」
「違う!この命は……」
「わかったよ。それはもういいから。
 その、マリアって子もかわいそうにね」
「……それは、どういう意味で?」
「そのままの意味だよ」
再びエリティオさんがナイフを振り上げる。だが、ただでやられるものか。
延々と喋っていたせいか、体力は少しは回復、左腕や背中の痛みも慣れてきた。
寝転がっていた状態から、手を後ろにつき、地面を蹴りながら起き上がりつつバックステップ。
「ちょこまかと……!」
こっちに向かってくる。私は……思い切り、前に飛び出した。
「な……!」
予想外だったのか、だが、今更進路は変えられないようだ。
そのまま、懐に突っ込み、顎を殴り、鳩尾に蹴りを入れる。
それでも倒れない。さすがだ。なら、
「らあぁぁぁっ!!」
肘をおなかに向けて突き出しつつ、さらに前進。これでどうだ!
「か、はっ……」
エリティオさんが、手にしたナイフを落とし、その場に崩れ落ちそうになる。
「あ、あぶない!」
倒れそうになったエリティオさんを慌てて支える。
(って私、なにやってるんだろ……)
仮にも私を殺そうとしていたのだ。それなのに、
「……死にたいの?」
当然、そうなるわけで。
「まぁ、見逃してくれると、嬉しいかな〜って、思うんですけど……」
「ごめんね。無理」
お腹を殴られる。その衝撃で身体が離れ、体制を崩す。
その隙に、エリティオさんはナイフを拾い、こちらへ向かってくる。
(やばっ……)
さすがに、もうさっきと同じ手は使えないだろう。
なんとしてでも逃げるか。
幸い、教会はエリティオさんとは反対の方向にある。
急いでそちらへ。全力を出せば3分もかからないだろう。
……なにか忘れている気がするけど。



中間地点辺りまで来た。これでも、翼をフル活用すれば並みの人間よりは早く移動できる。
エリティオさんの姿もまた、遠くに見える。この分なら何とか逃げ切れると思う。
また前を向いて走り続ける。
「……え?」
そんな、まさか、
「なんで、……そうか……」
忘れていた、というか、本当に、そんなことが……。
「……瞬間移動、ですか?」
真正面に、エリティオさんがいた。
「似たようなものだけど、ちょっと違うかな」
先程、正面にいたはずのエリティオさんを見失ったのも、これが原因か。
ナイフがその手に構えられる。
「でも、関係ないな。知ったところで、意味が無い」
「そう、かもしれませんね……。でも――」
膝を曲げ、重心を下に持っていく。
「――諦めるわけには、いきませんから!」
出てくるところとかを予測しつつ、走り続ければいいじゃないか。ただそれだけの事。
膝を一気に伸ばし、地面を蹴って走りだす。
翼をフル稼働させ、正面のエリティオさんを飛び越え、急いで教会へ。
もちろんそんなに巧くいくはずも無く、ナイフが頬やわき腹を掠る。
そしてエリティオさんは、私がその力に気付いてしまったせいか、もう容赦なく瞬間移動?を繰り返す。
(移動力は向こうの方が高いけど、)
行く先々に瞬間移動などされては、とてもじゃないが、簡単にはいかない。
(でも、私の方が、身軽だ)
それ故に、ギリギリだが攻撃は避けることが出来る。
(とにかく、なるべく逃げることだけを考えて――っ!)
突然横から現れるエリティオさん。
(出来れば攻撃を加える!!)
口にするのは簡単だが――とはよく言うが、基本的には避ければいいだけなので、口で言うまでもなく、簡単にはいかないが、難しくは無い。
(でも、油断は禁物)
それは当たり前。
既に身体のあちこちに浅い切り傷がいくつか刻まれているが、それは向こうも同じだ。
エリティオさんに蹴りを一発加える。
当たるかどうか、なんていい。一瞬でも隙を作らせれば良い、程度だ。
「くっ!」
蹴りが、エリティオさんの頬を掠めた。
「でも、甘いよ……!」
向こうも当然ながらこちらの動きを予測しているわけで、足が掠めた頬の先には、ナイフの握られた拳があった。
「えっ……、きゃっ!!」
急に勢いを抑えるのは難しく、脛の辺りにナイフが深くめり込んでしまった。
「残念だな」
「そうですね……でも、まだ動ける!」
こんな痛み、マリアの感じた痛みに比べれば、どうって事はない!
教会まで気付けばあと凡そ300m程。地面に降り、もう一度、教会へ向けて、跳ぶ。その軌跡には、赤い鮮血が一筋、月明かりに照らされ綺麗に映える。
だが。
「その努力は認めるけど、さすがにそれだけの負傷をすれば、圧倒的不利になる」
真横に、エリティオさんの姿。
「君に、勝ち目はもう無いよ」
お腹に、エリティオさんの拳が喰い込む。
「……ーっ!!」
その痛みは、声では表せられない程のものだった。
続けて、背中への打撃。地面に叩き落とされる。
完全な、敗北。仰向けに倒れた私の上に、エリティオさんがのしかかる。
「チェックメイトだ」
「……」
嫌だな、この雰囲気。泣いてしましそう。
「本当に、ただ吸血鬼というだけで私を狩るんですか?」
「ああ、本当だ」
「……せめて、もう少しまともな理由は……」
「さあ?どうだろうね」
いつでも殺せるよう、ナイフの刃を首筋に押し当てる。若干血が流れ出す。
「どう?今の気分は」
「こんな絶望、久し振りです。マリアが死んだ時以来、かな。
 あれ?そう考えると、そんなに久し振りでもないような気がしますね」
「そう……。それだけ?」
「……悔しい、です。
もっと、私に力があれば、こんな状態にもならなかったし、マリアだって……」
そう、こんな死に方、マリアが悲しむ。
「でも、実際どうなのかな?
 仮に君のために死んだのだとしても、出会ってたった半日の人間のためにわざわざあの世で悲しんだりすると思うかい?」
「私は、……現世でだけど、悲しかった……」
本当に、胸が張り裂けそうなくらい。シスターやビスがいなかったら、今頃ミルという吸血鬼はこの世にいなかったかもしれない……。
それより、なんで出会って半日しかたっていないことを知っているのだろう。私が言ったっけ?
「君が勝手に悲しんだだけで、その子が君を助けたのはお母さんを殺した罪滅ぼしだったのかもしれないよ」
「それはそうかも……って」
あれ?
{……どうして、マリアがお母さんを殺した事、知っているんですか?」
「……えっ?」
「出会って半日のことも、私は喋っていなかった気がするのですが……」
「それは、えぇと、その……」
悩んでる……。と、予想にもしなかった声が聞こえてきた。
「そこまでだな」
「そこまでですね」
ビスと、神父様?
その後ろには、シスターたち。
「……助かったの?」
少しだけ、ほっとする。でも、首のナイフはまだ離されていない。
もしかしたら、彼らがいても殺されるかも、と思っていた矢先。ビスの声。
「さて、どうだった?」
ど、どうだったって、何が……。
だが、それに答えたのは、エリティオさんだった。
「うん、まぁ、いいんじゃないか?
 理由も明確、戦闘も避けがメインだがなんとかなるんじゃないか?
 ただ、魔力はまだまだみたいだ」
……何の話?
その声と同時にナイフが退かれる。どろりと一塊だけ、血が零れた。
「ミルさん、ご苦労様です」
「ご、ご苦労って、何が……」
声が掠れている。
「ほら、早く服を着ろ」
ビスにシャツを渡された。そういえば半裸だったなと今更思い、少し恥ずかしくなる。昨日ビスが言った通り、確かに危機感若干薄いかも。
「エリティオさん、貴方も本気になり過ぎじゃないですか?」
シスターの1人が言う。
「いや、すまない。久々に熱くなりすぎた」
だから、さっきから一体何の話を……。
「ミル、今日はもう休め」
「……今日は、って、もう朝方なんですけど」
辺りが薄明るくなっている。
「結局何なの……?」
「それは、お前が休んでから話そう」



「……いま、なんていった?」
「まぁ、そう怒るなって」
「怒るに決まってんでしょ?!」
とまあ怒っているわけですが。
理由:ビスから聞かされた真相。
「私、死ぬかと思ったんだよ?!」
「ごめん、ミルちゃん」
エリティオさんがすまなさそうに謝る。
真相はこうだった。
私の秘めている力を知りたい。兼、臨時の戦闘に対応する為の訓練。たったそれだけだ。
だが、それだけでも充分怒る理由にはなりえる。
「……エリティオさんもエリティオさんですよ。
 心まで傷付いたんだから……」
「ごめん。
 ……でも、あれにもちゃんと意味があったんだ」
「意味?」
「ああ。ある意味では一番重要かな。
 ……ミルちゃんの、決意の固さを知りたかったんだ。マリアのため、どこまで出来るのかを」
つまり、力だけでなく心も試された、ということか。
「で、マリアの事を色々知っていたのは、参考までにメドゥスに色々聞いたからさ」
「そういうオチか……」
大体目的は分かった。でも、それでもやっぱり腹が立つ。
「じゃぁ、戦闘中の会話は殆ど嘘だって事ですか?」
「ん〜、いや、半分だね」
「半分?」
少し意外な答えが返ってきた。
「半分神父じゃないって言ったのは覚えている?」
「そういえばそんな事言っていた様な」
「あれは本当だよ。
 確かに神父の仕事はしている。でも、もう半分は違う。
 瞬間移動のような力、見ただろ?あれは、魔術の一種なんだ。
 そして俺は、その魔術のエキスパート、魔術師(ウィザード)だ。
 魔術師は、一般に言われる魔女とは違い、空間を弄る魔術を使う。
 つまり、神父でありながら空間を弄る魔術師をやっている」
「へ、へぇ〜……」
一気に色々言われても、理解が出来ない。
「大体、魔術なんて……あれ、魔術だったんだ……」
疑おうとも、目の前でその力を見せられては、疑うことも出来ない。
「でも、魔術師なんて、本当にいるんだ……」
「吸血鬼や異端審問官が実在するのだから、不思議ではなかろう」
ビスの鋭い突っ込みに、成程と思わせる。
「でも、じゃあ他は嘘なんですよね?吸血鬼自体に罪があるとか……」
「どうだろう?人が生まれながらに罪を背負っているのならば、吸血鬼も同じじゃないかな?」
「……そういう意味?」
「そういう意味」
にっこりと笑うエリティオさん。紛らわしいなぁもう。
「残りは嘘だよ。
 マリアの残した命のために生きるのは理由にならないなんてそんなわけないし、メドゥスが優しすぎるなんてこともない」
「おい」
不満そうなビス。だが、それをエリティオさんは無視し、何故か暗くなる。
「……それに、吸血鬼に特別恨みが無い、というのも嘘だ」
「……聞かせて、頂いてもいいですか?」
「あぁ、ミルちゃんならいいだろう」
エリティオさんの、長い様な短い様な昔話が始まった。



その話はちょっと長くて私には全てを憶えている事は出来なかったが、重要なところはちゃんと覚えている。
昔、エリティオさんが私よりも幼かった頃。妹さんと神父である父と3人で暮らしていたそうだ。
母は病気で亡くなったが、父が世話を見てくれて、普通くらいの幸せな生活を営んでいたそうだ。
ある日のこと、エリティオさんと妹さんの二人で、父のお使いで夜に出かけた。
無事用事も果たし、家へ帰る途中のことだった。何者かが突然飛び出してきて、妹さんの首に噛み付いた。
当然エリティオさんは助けるべく応戦したが、その甲斐も無く二人は気絶してしまった。
数日後、目覚めると自宅のベットの上で、妹さん共々助かった……かの様に見えた。
それからちょうど一年後(閏年だったので366日後)、妹さんの様子が突然おかしくなった。
急いで駆けつけたエリティオさんが見たのは、背中に黒い翼を生やした妹さんの姿だった。
同じく駆けつけた父は、自分の娘であるにもかかわらず始末しようと試み、そして、殺してしまった。
悲しくなったエリティオさんは、その後、家を飛び出し、神父と扮しつつその吸血鬼を追っているらしい。
魔術は、その旅の途中、突然何の前兆も無く身についたのだとか。



「……でも、だからといってすべての吸血鬼に恨みがあるわけじゃない。
 現に、ミルちゃんには何の恨みもないからね」
「私は少しありますけど……」
そりゃそうだ。
「ところで、エリティオさんが遭った吸血鬼っていうのは、どんな感じでした?」
一応、参考までに聞いておく。
「そうだな。確か、長身の男が1人だけ、だったような……。
 黒いコートに、白い肌だったな」
「吸血鬼にコートと白い肌は標準装備ですか……」
自分の格好や、あの時遭った吸血鬼たちの格好を思い出して呟く。
「ま、結構昔のことだからあまり良く覚えていないんだけどね」
エリティオさんでも、やっぱり昔の記憶はあまり覚えていないんだ。頭良さそうなのに。
「……ってことは、物覚えが悪い私は一体どうなるんだろう……」
「ん?どうした、ミルちゃん」
「あ、うぅん、なんでもないです!あはは……」
いや、結構落ち込んだけどね。



もう一日だけ、教会に泊めさせてもらった。怪我もあるし、念のために休息を摂った方がいいそうだ。
「それにしても、傷の一つ一つはたいした事ないが、数がすごいな」
「だってぇ……」
腕、腹、足、頬に少しずつ刻まれた傷。すぐ治るような大した傷ではないのだが。
「背中と首の傷、これは結構酷いんだから。
 ……エリティオさんも、あんなに本気出さなくてもいいのに……」
「いや、どうだか」
ビスの呟き。最近短い台詞多いね。
「あやつが本気を出していたかどうか……」
「本気でしょ〜?だって、あんなに強いのに……」
「いや、本気を出したらお主なんか瞬殺されるであろう」
「……本当に?」
「ああ、本当だ」
「そんな……」
あんなに強いのに、本気出していなかったの?
私、死ぬほど本気出してたのに!
「……」
「どうした?」
「……ってやる……」
「……?」
「絶対、エリティオさんより強くなってやるんだから〜!!」
「……何年かかるやら」
「なっ!失礼な」
「失礼なのはどっちだ。
 あやつは、お主より多くの時間を掛けて強くなった。
 それを、たった数年で追い抜けると思い込むほうが失礼じゃないのか?」
た、確かに、言ってる事は正しい……。でも、
「意気込みって大切だよ?目標は、常に高く高く!!」
「少々高過ぎだが」
「気にしないのっ!」
そう。私は私の勢いでやっちゃえばいいんだ。それで失敗したらそれまで。命さえ守れれば、それでいい。
マリアのくれた、この命を。



「ミルちゃん、もう行くのかい?」
出発間際にエリティオさんが話しかけてきた。
「私が一箇所に留まらなきゃいけない理由は特にありませんし、それに、エリティオさんに早く追いつきたいし……」
「そうか。なら、頑張って行ってきな。皆、応援しているから」
神父様、メアリーさん、リルさん、他のシスター達が、笑顔で見送ってくれる。
「じゃあ、エリティオさん達もお元気で」
「ああ、ちょっと待って」
エリティオさんに制止された。
「ミルちゃん達が次に行くのは、ここら辺だよね」
「え?あ、はい」
地図を見せられた。確かに次は其処だが。
「俺も五日後、其処に向かうから」
「えっ?
 じゃあ、またすぐ遭えるんですか?!」
「ああ」
やった、と短く叫びながら軽く跳ねる。なんだかんだいっても、やっぱり良い人だし。それに、カッコイイし!
「其処まで喜んでくれるとこっちも嬉しいよ」
「そうですか、えへへ……」
軽く照れ笑い。
「おい、ミル」
あ、ビスが不満そうにしてる。
「うん、すぐ行く」
そして、エリティオさん達にもう一度挨拶し、再び歩き出す。
また、終着点の分からない、新たな出会いを求める旅へ。
私の、私たちの居場所を探す旅へ……。




(……エリティオに会う為、の間違いではなかろうか……)
微妙に疑問に思うビスだった。