吸血鬼ミル


西欧のとある街に。
一人の少女が、いた。
少女の名はミル。17歳。
白く長いコートを羽織って、銀色の髪と灰色の目を持つ。
まだあどけないその顔、やや色気の足りないその身体、一応は美少女といえるだろう。
だが、その顔に浮かぶ表情。それはとても暗く、全身から放つオーラにも、近寄りがたいものがある。
そして決定的なのが、黒い翼。とても、美しい翼。
今はコートに隠れて見えない、いや、コートを脱いでも今着ているシャツの下に隠れて見えないだろうが。
他にも、口を大きく開くと見える、八重歯という言葉で片付けるには少々大き過ぎる、鋭い歯。
ミルはヴァンパイア――《吸血鬼》だった。
ただ、人の血を吸ったことはない。襲ったことも。
そんなこと、恐ろしくてできない。
だから、こうして旅をしている。
私を受け入れてくれる人々がいる、街を探して。



始めは、受け入れることが出来なかった。
次に、現実逃避をして。
最後に、とうとう認めてしまった。
私が、吸血鬼であると。



日差しが強い。
あの日は、どうだったろうか。
「関係ないよ……」
そう。全く。
吸血鬼が陽射に弱いことは、聞いていた。否、聞かされていた。
でも、確か聞いた話では、陽射の下にいると気化してしまうとか言ってた覚えがある。
そんなのは嘘だ。吸血鬼の私が言うのだから、間違いない。
ただ、陽射に弱いのは本当のようだ。といっても、貧血気味のときに強い陽射の元に晒される様な感じ。
簡単に言えば立ち眩みとか、熱射病(は貧血と関係ないか)。
別ににんにくが駄目でもなければ、教会に行ってイエス様の下の大きな十字架を目にしても問題なかった。
「いい加減な伝説だったなぁ……」
でも、陽射は強い。強い陽射には、弱い。



人間は、
吸血鬼に襲われると、
吸血鬼化するんだとさ。



なんか、ばさりという音が聞こえた。続いて全身(特に前半分)に鈍い痛み。
「あっ……」
どうやら転んでしまったようだ。
元々体が丈夫じゃなかった私は、もちろん陽に弱かった。
吸血鬼化してからは、尚更だ。
「眩しいなぁ」
この時の私の思考は、恐らくまともじゃなかった。
陽射に、やられてしまった。
「まずいな、日陰は……っと!」
立ち上がろうとするが、力が入らない。
「ついてないなぁ」
意識が朦朧としてくる。
軽く目を閉じる。
陽射が目にさえ入らなければ、根本的な解決にはならないが、幾分か楽になる。
なんとか意識を保ち、目を開こうとして……。

頬に冷たい感触。

「ひゃぁ!!」
思わず立ち上がり、後ずさる。さっきまで立つ事さえ出来なかったのに。
「何?もぅ……」
そこに少女の声。
「こら、ビス!
あぁ、ごめんなさい、ビスが迷惑をかけて……」
三つ編の可愛い女の子。私より1〜2つ程年下か。
下を見ると、ゴールデンレトリバー(恐らくビスであろう)がいた。犯人はこいつか。
「あぁ、いえ、大丈夫……あ」
また立ち眩み。
「だ、大丈夫ですか?!
私、家が近くなので、寄っていって下さい!!」
「わ、悪いね、ありがとう……」
少女に肩を借り、少女の家まで連れて行かれた。



吸血鬼は魔女と同じ。
昔は、見つかったら火刑にされていたらしい。
いまなら、何をされるんだろうねぇ。



彼女の家は、今風の集合住宅の一室だった。
その、少女のベットの上に、私はいた。
「今、お水持ってきますから」
「ありがとう」
「お礼なら、ビスに言ってください。見つけたのはビスですから」
と、少女はにっこり微笑みながら言い、キッチンへ。
その笑顔に少しだけ、ドキッとした。か、可愛い!!
(……って、あの子は女の子じゃない!私、やばいかな……)
やばいといえば確かにやばい。でも、翼さえ見せなきゃいい。
「おまえも、ありがとう。……ええと、ビス」
ビスの頭を撫でながら言う。ビスは、尻尾を大きく動かしている。
突然ビスが私に飛びついてきた。
「わっ!!」
何とか受け止めたものの勢いを殺しきれず、ベットに倒れこむ。
ビスはそんなこと気にしないかのように尻尾を振り、私の頬を舐め回す。
「ちょっと、おまえ……そんなに私のほっぺがおいしい?」
じゃなくて。
そこに少女が入ってくる。
「あら。もうビスに気に入られたのですか」
「そう、みたい」
苦笑いで返答。
「もう、ビスったら、余りお客さんを困らせちゃ駄目よ」
少女は困ったような顔で、ビスの背中を撫でながら言う。
そういえば、と少女が両手を打ち合わせる。
「自己紹介がまだでしたね。
私はマリア。15歳です」
「私はミル。17歳。
さっきも言ったかもしれないけど、改めて言おう。
ありがとう、マリア。そしてビス」
「ミルさん、ですね。お礼はもう良いですよ」
と、さっきのように微笑む。
(や、やばい!ほんと〜に、どうしよう!!)
と、その思考を中断させる、マリアの声。
「あの、ミルさんは何処に住んでいるんですか?」
聞かれて、ドキッとした。さっきとは違う意味で。
「え、え〜と、なんて説明したらいいか……
その、歩いて旅をしているの」
「旅、ですか?」
「うん」
なるべく早く会話を中断させたかった。ボロが出たら大変だ。
「そうですか。
……あの、よろしければ今晩、泊まっていきませんか?」
「え?」
「いやあの、迷惑だとか用事があるのなら、別にいいのですが」
「本当に泊まっていいの?」
「はい!」
マリアが嬉しそうだ。
まぁ、私も願ったり叶ったり。
「あ、でも、ご両親は?」
マリアが急に表情を曇らせる。しまった。
「あ、その、話したくなければ別に……」
「……お父さんは、事故で亡くなりました」
まずったな。明らかに私のミスだ。
「そして、お母さんはまだ、いるのですが……」
マリアが黙る。ビスの息遣いだけが、わずかに聞こえた。
「あ、ご、ごめん……。変なこと、聞いちゃったね……」
「いえ、お父さんが亡くなったのは、もう何年も前ですから。
それより問題なのはお母さん。
毎日、毎晩、行き先を告げずにどこかへ行ってしまう。
最近はもう3日も帰ってきませんが、別に珍しいことでもなんでもないんです。
……私のほうこそ、すいません。こんな話を聞かせちゃって。
お水、お変わり持ってきますね」
「あっ……」
マリアは、私の持っていた、殻になったコップを持ってキッチンへと去っていった。
「……なんだかな」
深い、溜息。
「ビス、おまえは気付いているんだろ?私が、人間じゃないことに」
ビスは何も言わない。当たり前か。ただ、慰めるように、私の頬を、また、舐めた。



その黒い翼は綺麗だが、魅入った者を狂わせる。
つまり、ただそれだけで、命を奪われるんだ。



幾分か重い空気が流れていたが、お互いのことを淡々と話していたら、その空気はいつの間にか消えていた。
良かった……。
相変わらずマリアは可愛い。それはもう、抱きしめて、ディープな口付けを交したいくらいに。
(って、変態じゃん、私……)
昔からこんなんだったっけ。
思い返してみる。
そういえば仲間内で一番最初に夜の営みの知識を得たのは私だった(経験はないが)。
女友達の胸を揉んだり、男子の前で友達のスカートを捲ったりもした。
でも、たったそれだけだ。
(充分じゃん!!)
自分で、自分に呆れた。
今も、油断をすればマリアに手を出してしまいそうだ。
そのマリアだが――腕に抱きつかれた。
「ミルさん、一緒に買い物行きませんか?」
(わっ、ま、マリア!くっ付きすぎ!やばいって!何ていうか、胸が、マリアの胸が!!)
「えっ!な、何?!」
「え?だから、買い物に……」
「あ、あぁ、買い物ね!じゃあ行こうか!!」
と、ごまかすように立ち去ろうとする。が、引き止められる。
「あの、ミルさん。そのコート、暑くないですか?」
「ん?大丈夫だよ」
「でも、さっき倒れそうになったのはそれも原因じゃないですか?」
いや実際に倒れていたんだけどね。
「確かに暑いけど、大丈夫」
というか、ここで脱ぐわけにはいかない。
一応翼はシャツの下に収まっているが(翼は意外と柔らかく、結構自由に曲げられる)、透けたり、盛り上がったりしては大変だ。
でも……マリアが心配そうな瞳で見つめてくる。
「わ、分かったよ。でも、何か他に、薄めでもいいから着るもの貸してくれる?」
「あ、はい!実はミルさんに似合いそうな服があって……」
と、部屋のクローゼットの中から、ゴシックパンク風の長袖のシャツを取り出した。
「これ、ミルさんみたいな綺麗でかっこいい女の人に似合うと思うから……」
「えっ?」
私が、綺麗でかっこいい女の人だって?お世辞にも程が……。
(嬉しいから、いっか)
「じゃあ着替えるから、部屋の外で待ってて」
「あ、そ、そうですよね!じゃぁ、待ってるんで、早くお願いしますね〜……ちぇっ」
ん?
いや、気のせいだろう。



おまえ、悪魔だったのか!
こんな街に悪魔なんか置いておけねぇ!!
早く、出てけ!!!



私が綺麗でかっこいいのかは分からないが、確かに似合っていた。というか、
「わあぁ、ミルさん、かっこいいです!!」
とマリアに言われたことが嬉しくて、顔がにやけてないか、やや心配。
もちろんビスもついてきている。
とりあえず、ミルクや野菜、果物を買った。私は荷物持ち担当。こんな子に重い荷物を持たせてたまるか。
「それにしても、ずいぶん買うんだね」
私は、最近流行のファッションだといわれてマリアに付けられた、ズボンにぶら下っている鉄の鎖をいじりながら聞く。
荷物は全部、ビスに取り付けた一輪車(首輪に連結している)に乗せていた。お陰で当初荷物持ちの予定だった私の出番はなし。
「あ、ちょっと買い過ぎかな……。
えへへ、その、ミルさんと一緒にいられるのが嬉しくて」
随分嬉しいことを言ってくれるじゃない。
「なんか……」
マリアが見つめてくる。
「ミルさんって、憧れのお姉さんって感じがします」
「え、そ、そう?
……じゃあ、一度で良いから、お姉ちゃんって呼んでくれる?」
ほんの戯れのつもりだった。ただ、その言葉は余りにも強烈な魔力を持っていた。
「え?あ、じゃあ。お姉ちゃん」
「もうだめ」
理性がとんだ。マリアにしっかりとしがみつき、頬を擦り合わせる。
「なんで?何でこんなに可愛いの?!」
「み、ミルさん」
「はっ!!」
慌てて離れ、口の端を拭う。
「ご、ごめん!!私、マリアみたいな子に弱くて……」
「あ、あの、まぁ、嬉しいですけど」
困ったような、嬉しそうな、微妙な表情が浮かんでいる。
「……その、家に、帰ってからなら……」
マリアが何かぶつぶつ言っている。
「……?どうしたのマリア?」
「いえ、気にしないで下さい」
いや、そんなことを言われると逆に気になるんですけど。



教会は、あなたのような方でも利用できます。
なにより、中立的な立場にあるのが、我が主の望みですから。
でも、異端審問官には気をつけてください。
あなたがどんな立場にあろうと、彼らは吸血鬼や魔女を断罪する、と聞いてます。
嘘か本当かは、噂でしか聞いてないので分かりませんが、用心するに越したことはないはずですから。



買い物が全て終わって、その帰り道。
前後左右に沢山の人がいて、私たちもその中に混じっている。
「ミルさん、付き合ってくれてありがとうございました」
「いや、この位だったら、可能な限り毎日でも付き合うよ」
と他愛もない会話をしていると、突然マリアの足が止まる。
「マリア?」
マリアはまっすぐ前を向いている。
その視線の先には、一人の女性と、その後ろに4人の男と2人の女。
先頭の女性がすぐそばにやってきて、マリアが口を開く。
「お、お母さん……」
「マリア」
冷たい声。マリアにお母さんと呼ばれた女性の、声。
「あれ程、外に出るなといったのに、どういうこと?
それと、なに?この薄汚い犬と、ちゃらちゃらした格好したガキは?」
ちゃらちゃらしたって言うのは私のことだろうか。確かに鎖が揺れて擦れる度に、そんな音はするが。
「お母さん、あの」
「言い訳は聞かないわ」
マリアの母?がマリアの耳を引っ張る。
「マリア……!!」
マリアの母は無視するかのように続ける。
「ちょっとここでは人が多いから、こっちに来なさい。
……そこの犬と、ガキもね」



異端審問官は、中世の我が国にはそれなりにいたと聞いています。
魔女狩りの話、あなたも聞いたことがあるでしょう。
その魔女狩りを担当していたのが異端審問官です。
しかし、現代のこの時世。魔女の存在なんて信じるものはいないでしょう。
異端審問官は、それをいるものと想定して、主の意に逆らい、殺しを行うそうです。
まぁ、他の宗教でいうところの、破戒僧、といったところでしょうか。



暗く、じめじめした裏路地。
吸血鬼だからなのか、本来居心地悪いはずのここは、逆にほっとできた。
……この状況がなければ、の話だが。
ビスは男2人に抑えられ、私は1人の男に羽交い絞めにされている。両脇に2人の女。
翼がばれないか、ちょっとどきどきした。
もう1人の男は、人が入ってこないか見張りをしている。
そして睨まれて射すくめられたマリアと、睨んでいるマリアの母。
「まず、何から話してもらいましょうか……そうね、あの薄汚い犬」
ビスを指差していう。
ちなみに一輪車とその上の荷物は、ビスから取り外されたあと、一輪車ごと何処かへ放置してきたようだ。
「たしか、前あったときに捨ててきなさいっていったわね」
「でもっ!!」
「なぁに?口答えする気?」
母がマリアの頬を張り手で叩く。
「マリア!!」
「……あなた、煩いわよ。マリアと会話しているのは、この私。
……そうね、この話が終わるまで、軽く気持ちよくしてなさい。
そうすれば、マリアもあなたも、素直になるでしょ?」
「何を、わけの分からないこと……?!」
左右の未熟な乳房に手が伸びてきた。
隣にいた女たちの手。一人一つ。
服の上から、しっかりと掴まれ、弄ばれる。
股間にも、ズボンの上から、これは私を羽交い絞めにしている男だろうか、手が伸びてきて、軽く擦る。
「や、やめろ!」
「ミルさん!!」
「あなたと会話しているのは私」
マリアの母の冷たい声。
「……まぁ、あの犬のことはいいわ。今度捨ててきてくれれば。で……」
彼女が近付いてきて、弄ばれている私の顎が掴まれる。
「これは、何なのかしら?」
さっきはガキ呼ばわりで、今度はこれ、か。
「そのひとは、ミルさんは、道で倒れそうになっていて……」
だから、気付いてなかったのかもしれないけど倒れていたんだってば。
「ふぅん。で?
昔から言ってるじゃない。道端に落ちているものをむやみやたらと拾うなって」
そして私のほうを振り返る。
「さて、あんた、よくも家の娘に手を出してくれたわね」
「手を出すって、仲、良くしようと、しただけ、だよ!」
体の敏感なところを弄ばれうまく声が出なかったが、言いたい事は伝わった、と思っていた。けど……。
「それが、手を出したって言うのよ。
さて、どんなお仕置きをしてあげようか」
といって、私のズボンを降ろし、パンツに手を入れられる。
「きゃっ!!」
「あらあら、湿ってるじゃないの。
それに……」
と私のパンツから手を戻し、そのまま自分のポケットへと手を入れる。
「ふふ、まだ経験がないようね。いいお仕置きを思いついたわ」
ポケットに入れた手をだすと、そこにはナイフが握られていた。
気がつくと、周りの人達も片手にナイフをもっている。
「まずナイフであなたの神聖な膜を切り裂いてあげる。マリアにはそれをじっくりと観察してもらうわ。
次に、そうね、まずはこっちかしら。
綺麗な太股ね。特別に両方、切り落としてあげる。
太股の次はもちろん腕。これも両方。
あ、そうだ。膜の次は歯を抜かないと。太股を切り裂かれた痛みで舌噛んで自殺されたら困るもの。
で、あなたの四肢を切り終えたら、そうね、右の胸を切り抜いて、ミンチにでもしてマリアに食べさせようかしら。
左はちょっと傷付けるだけ。心臓が先に止まっちゃ面白くないものね。
あとは適当にその場で思いついたことをして、マリアの泣き叫ぶ顔をその瞼の裏に焼き付けたところで目玉を刳り抜く。
最後にナイフで前と後ろの穴をファックして、大事なところをズタズタにして。きっと心もズタズタね。
そうしてあなたの精神が壊れたところで、薪と一緒に火にくべて終わらせてあげる。
どう?我ながら、なかなか素敵なプランじゃない。ね、ミルちゃん?」
切り落とす箇所、傷付ける箇所を撫でたり指差しながら、説明される。
「あなたの綺麗な体には、真っ赤な血の色が良く映えるわよ……ふふ」
私の顔から血の気が引く。
どうしてこんな短時間で、こんな残忍なことが思いつくのだろうか。
別にいい。途中までは、耐えてやる。
四肢が切り裂かれたところでなんだというんだ。
こんなところで処女を奪われることがなんだ。
歯を抜かれて、胸や目玉を刳り抜かれ、火にくべられて殺されることがなんだ。
ただ私が痛くて、私が苦しむだけだ。
どうせこの体は、もう終わっているのだから。
でも、マリアは巻き込みたくない。
「私は、どうなってもいい……。でも、マリアには何もしないで……」
それでもマリアの母は、やはり冷たかった。
「甘いわね。私の話をあまり理解してないみたいだけど。
マリアも悪いことをしたの。だから、この子にもお仕置きが必要なの。
何もしないで、なんて無理な話よ」
確かにそうなのかも、と一瞬、騙されそうになった。
マリアは何一つ、悪いことをしていない。
「マリアは、普通の人がすることを、しただけ……。
悪いことなんか、あなた程は、していない……!!」
「それで?そりゃ、私のほうが長く生きているのだから悪いことをいっぱいしているのは当たり前でしょ?
それと、今なんて言った?諸悪の根源、ミルちゃん?」
とうとう諸悪の根源にまでなってしまった。ある意味、自分では間違ってないと思っているが、他人に言われると結構頭にくる。
「ふふ、じゃあまずは、パンツを脱がなきゃね」
いやらしい笑みを浮かべて迫ってくる。
この人、こんな趣味があったのか。
なんだか余りに余裕がなくて、逆に余裕が有り余ってるかのような、錯覚。
パンツを脱がされ、両脇の女に足を持ち上げられ、性器を拡げられる。
「あら、思ったよりも綺麗な色してるじゃない」
ぺろっと舐められる。
「これは、傷付けるのがますます楽しみね、ふふ……」
ナイフの切っ先がが未開発の其処へと触れ、そして……。
急に、騒がしくなった。
私も、私を抑えていた男女も、マリアの母も、そちらを見た。
ただひとり、例外がいたが、誰も気付かない。
そちらの方向を見ると、ビスが暴れていた。
マリアの母が叫ぶ。
「ちょっと、何してるのよ!抑えなさ……あっ!!」
え?何今の『あっ』て?
そちらを見る。
マリアの母が持っていたはずのナイフが、その手にない。
変わりに、マリアが両手でナイフを構えていた。
「マリア!何を……!!」
「私は…………ない」
それは、最初マリアの声だとは気付かない位、恐ろしい声。
「私は、お母さんの、人形なんかじゃない!!」
そのナイフを母の腹へ突き刺す。
「ま、リア……」
「お母さん、私、知ってたんだよ!!
私が、お父さんにばかり懐いたから!!だから、お父さんを、殺したんでしょう?!」
あれ?お父さんは事故で亡くなったんじゃ……。
「ミルさん、ごめんなさい。私、うそ、ついてました……」
そしてナイフを一度抜き、今度は喉に、刺す。
「ま、り……あ……!!
こ、この、まま、終わらせ、ない……。
あんた、たち……、いぬと、ガキと、まりあを、やりな、さい……」
それが最後の言葉となった。



でも、彼らも人間。
そして、それ以外も、人間。
結局、一番危険な生き物は、魔女でも、吸血鬼でもなく、人間です。



私を抑えていた男に、不意を打って肘鉄を食らわせた。
そして2人の女の片方を思いっきり蹴り、床に放られていたパンツとズボンを拾い、パンツだけを素早く履く。
ズボンは拾ったは良いが、履くのに時間がかかるから、再び放り投げた。
「マリア!ビス!」
まずビスが目に入った。ナイフが一本刺さっているが、さすが大型犬。何とも無かったかのようにこちらに向かってくる。
次にマリア。
こちらも、誰にも拘束されていなかったためか自由に動けるようで、安心した。精神面を気にするのは、また後。
私もその場から離れようとするが、離れ際に背中を切りつけられた。
「くっ!!」
マリアに借りた服と元々来ていたシャツが裂け、
「しまっ……!!」
その裂け目から、黒い翼がはみ出す。
彼らに見られるのは構わない。見られたところで、今更何か変わるわけでもない。
問題はマリアだ。
「ヴァ、ヴァンパイア……!!」
マリアが怯えて、私から離れようとする。
「……ごめんね、マリア。私も嘘吐いてた。
でも、今は私を信じて!お願い!!」
マリアは、それでも怯えていたが、一応信じてはくれた様だ。
というか、少なくともマリアの母と一緒にいた人達よりは信用できる、といった感じか。
「ビス!そこの女を!!」
まだ状況の読み込めていないその女は、ビスの体当たりを喰らって吹き飛び、地面へ。気絶して動けないみたいだ。
私はマリアの前を行く。後ろはビスに任せた。
見張りの男が、懐からナイフと違う何かを持っていた。
「悪魔め……!!」
あれは、銃!
「くそっ!」
とにかくマリアを庇う事で精一杯。私は咄嗟に後ろに下がり、マリアの頭を抱えてしゃがむ。
私の耳元を、凶弾が通過する。僅かだが、髪の毛が焦げた匂いがする。
「くそ、死ね、吸血鬼!!」
もう一発。
あれ?彼が狙っているのは私?なら、チャンスだ。
「マリア、良く聞いて!
急いでここから、走って逃げて!」
「で、でも、ビスが……」
ミルと、とは言ってくれなかった。仕方ないか。
「大丈夫。ビスも助けたいなら、尚更逃げて。そして、なるべく、教会の、シスターか神父様を、呼んできて!」
教会、という事はつまり、私も助かりたいという思いが少なからずあったために出た言葉だ。
こんなときにも自分のことを考えている、自分が嫌になりそう。でも、助かりたかった。



所詮彼らも人の子。
命乞いをすれば見逃してくれるかもしれない。
でも、絶対とは言えませんが。



後ろにいた男3人と女2人のうち、男2人、女は2人とも気を失っている。
GOOD JOB、ビス!残る男も、既に逃げ腰だ。
なら、安心だ。
正面の男を見据える。
「まさか、吸血鬼が実在するとは……」
「それは数年前、私も同じことを考えていました」
あの日、恐らく私が吸血鬼化してしまった原因であろう、一組の男女。
「……まぁ、この状況じゃあ、吸血鬼だろうがなんだろうが、関係ないがな。
あの人を殺した事、絶対に許さない。
あの人の変わりに、お前で遊んでやるよ」
とは言われても、私は丸腰、彼は銃を持っている。
吸血鬼だからといって何か特別な力があるわけではない。
この翼だって空を飛べるわけではない。精々空気抵抗を減らして高く跳ぶか、逆に抵抗を増して高い所から飛び降りて安全に着地する位だ。
(さすがに、この状況はまずいか)
跳び越えて逃げても良いが、跳んでいる間は無防備になる。
何より、この翼が見えている限り、逃げたところで関係の無い一般人が私を殺しに来るかもしれない。
ここはマリアを信じて交わし続けるしかないか。
銃弾には限りがあるはず。ならば、弾切れになったところを一気に攻めれば全く勝ち目が無いわけでもない。
「どちらにしろ、やるしかないか……」
やられるのは私なんだけどね。



なんで?!
私、お母さんの言うこともちゃんと聞いて、友達とも仲良くして、それなのに!
なんで、傷付けるの?!!



「その銃、一体、何発、撃てるんですか!!」
「まだまだ半分も撃ってないんじゃないか?」
結局私は逃げられるだけ逃げているのだが、服は所々裂けている。体も同様、特に太股や頬は、皮膚が裂けて流血している。
もう、30発は発砲したのではないだろうか。それなのに、まだ半分以下なんて。
「きついなぁ、手加減してくれても良いのに……」
「手加減なんかしたら、こっちが殺されるだろ?」
そんなことはない。素手で人を殺す手段なんか知らない。銃とかナイフを奪えば殺せるかもしれないが、殺したくない。
「まぁ、手加減はしてないが……実は本気を出しているわけでも、ない」
「えっ?」
彼は、銃を発砲せず、いじりだした。
直感が告げる。これはやばい、と。
「くそっ!」
翼を利用し空気抵抗を減らし、全力で彼に迫る。だが。
「遅い」
銃口をこちらに向けてくる。さっきと若干、形状の違う銃を。
「なっ?!」
無理矢理体を捻る。が、
「諦めろ」
引き金を引く。同時に、何発もの弾が飛んでくる。
「かはっ!」
それは頬を掠め、右肩を貫き、右胸に穴を開け、お腹の中心を貫通し、左太股を傷付ける。
右肩から左太股までの一直線上に、いくつもの穴が開き、血の噴水を沸きあがらせる。
さすがに致命傷か。その場に仰向けで倒れてしまう。
「さて」
彼が私に迫ってくる。
「吸血鬼といえど、所詮はただのガキか。
ふ〜ん、色気は足りないが、なかなかの美形じゃないか」
私の、傷ついた右胸を踏み躙りながら言う。
「殺すのは後回しだ。死ぬ前に、虐めてやるよ」
下卑た笑みを浮かばせている。
「この、下衆め!」
「吸血鬼になんと言われようが、構うものか」
と、今度は太股を踏み躙られる。
止めたかと思うと私の膝の辺りにしゃがみ、パンツを掴む。
「見張りだったから、さっきは見れなかったんだよなぁ。
さて、吸血鬼のここは、どんな色をしているのかな?」
「へ、変態!!」
殆ど条件反射で叫ぶ。と同時に彼の股間へ、膝蹴り。
「きにゃああああぁぁぁ!!」
意味不明な雄叫びを上げてピョンピョン跳ねる。膝の上になんかしゃがむからだ、この下衆。
まぁ、ある意味自業自得かな。左胸に銃口が向けられていた。
「もういい!ここで終わらせてやる!!」
しまったな。でも、こんな男に処女を奪われて殺される位なら、処女のまま殺されたほうがマシか。
「死ね」
目を閉じて来るべき時を待つ。さようなら、マリア、ビス。
銃声。それからしばらくの、無音。
痛みの代わりに、柔らかく、重いようで軽い何かが降ってきた。
「えっ?」
目を開ける。何かの正体を確認すべく――。
「――マリア?」
「ごめんなさい、約束、破っちゃいました」
何で、マリアがここに?約束破ったって、どういうこと?そんなことより。
「マリア……背中……」
赤黒い、血。延々と湧き出している。
「ミルさんが、死んじゃうよりは、マシです」
笑顔。とても、可愛らしい表情。私は、抱きしめた。
「マリア!私は……!!」
「へへっ、良く考えたけど、関係ないですよね、ミルさんが何者かなんて。
だって、私が好きになったのは、人間のミルさんでもなければ吸血鬼のミルさんでもない、ミルさん自身なんですから……」
なんで。どうして今そんなことを言うのか。
「ちっ、あの人の娘か、余計なことをしやがってぇ!
2人まとめて殺してやらぁ!!」
と、先程の男が銃口をマリアの頭に向け、発砲。
「マリアアアああぁぁ!!」
「だい、じょ、ぶ……。びす、を、よろ、し……」
言い終えないうちにマリアは吐血し、そのまま頭をカクン、と。
事切れた。
「次はお前だ、吸血鬼!
安心しろ、殺した後、死姦して、裸にして、街の真ん中に晒してやるよ。
さぞかし、注目されるだろうな」
聞こえない。聞こうともしていない。ただ、一つの感情が、芽生えた。
大きな、殺意。
「マリアを、よくも、マリアを!!」
マリアの遺体を脇に置き、怪我のことも忘れ、立ち上がり、睨む。
「……殺す」
「何言ってるんだ。さっきの戦闘を忘れたのか。お前に、勝ち目なんかが……」
そんなこと、知らない。ただ、殺したかった。死んでも、殺してやる。
落ちてた瓦礫を拾い、手に思いっきり、力を込める。
瓦礫は圧力で変形し、手からはみ出した部分は砕け散る。その衝撃で手から血が零れる。
手を開く。
自らの血で紅く染まった、変形した瓦礫がそこにはある。鋭く、ナイフよりも尖った形状。
「死ねぇ!!」
思いっきり投げ、翼を動かし風を発生させ、瓦礫のスピードを増す。
「何?!」
彼は気付いた。だが、気付くのが遅すぎた。
それは彼の左胸に突き刺さり、ぎりぎりで貫通して背中から落ちる。
赤い滝とともに。
「ざ、まぁ、みろ……」
始めて人を殺した衝撃と無数の傷、そしてマリアが殺されたショック。
それらが、全てが終わってから一気にのしかかってきて、気を失った。



光は、常にそこにあります。
闇は、それよりも間近に。
でも、両方とも、あなたが望めばあなた自身が作り出すことも、可能です。



ここは、どこだろう。
随分懐かしいような、真新しいような。
「あっ」
涙が、零れる。
そうか、ここは。
マリアの、部屋か。
涙を拭うかのような、冷たい感触。
「……ビス?」
その感触が消え、大型犬が視界の端にひょっこりと現れる。
マリアの部屋の、マリアのベットの上。
「マリア……」
また、涙。
「悲しいでしょうが、それも、神の試練です」
しがれた女性の声。
「シスター?でも、どうしてここに?」
「それは、そこの犬に聞いて御覧なさい。彼が、私をあなたのところへ、そしてここへ導いたのですから」
「ビスが?」
ビスが、尻尾を振りながら大きく口を開け、そして。
「我は、異端審問官の端くれだ」
男の声。
周りを見渡すが、私とシスター、そしてビスしか、いない。
「え?誰?」
「吸血鬼の娘よ、我だ。お主の目の前の、犬だ」
数秒の間。
「び、ビスがしゃべった?!しかも、異端審問官って……私、ピンチ?」
「安心するが良い」
ビスがしゃべった時点で安心なんか出来ないんですけど。
「そこまで驚かれるとは、困ったが」
「いえ、私でさえも、吸血鬼のこの子を目にした時よりも驚きましたよ」
とシスター。そうですよね?!
「まさか異端審問官が実在したなんて、と」
そうじゃなくて。
「でも、安心しろって、どういうこと?」
「我は、というか我々異端審問官は、魔女や吸血鬼を断罪する、という話は聞いたことがあるだろう」
「は、はい」
何故か丁寧口調。
「そう、我々は、断罪するのだ。即ち、罪を断つ。
しかし、お主には罪らしい罪の匂いがしない。
むしろあの女のほうが、罪多き魔女に近かった」
あの女、はマリアの母と判断。でも。
「私、人、殺しました」
「あれは状況が状況だ。
人間の世界には正当防衛というものがあるだろう。我々の間でも、罪なき罪、即ち罪を防ぐ正当な罪は無効となる」
「でも……!」
そこに、シスターの抱擁。
「いいえ。あなたが自分を責める必要などないのです。寧ろ、それこそが罪であるとも、言われてますから」
シスターはいい香りがして、優しく、でも強く、抱きしめてくれた。
ビスが言う。
「もし、それでもその罪が罪と思うのなら……」



しかし、勘違いしないで下さい。
全てが悪いわけじゃありません。
全てが良いわけでないのは、あたりまえですが。



「やはり、行くのですか」
「はい。私は、私の本当の居場所を探さなければいけないですから。それに……」
ビスをチラッと見る。
「1人じゃありませんから」
「確かに、面白い組み合わせではありますが、異端審問官が一緒ならある程度は安心できるでしょう」
「うむ」
シスターは微笑んで、私とビスを見る。
「あと、まことに勝手ながら、マリアさんはこちらで埋葬させていただきました。
あのまま風や日や、人に晒されても、可哀相ですし」
「そうですか……」
「そうめげるでない。お主がそれだと、マリアの魂も浮かばれないだろうが」
「そう、だよね。うん」
確かにそうだ。私がこんなんじゃ、私の命を庇ってくれたマリアに申し訳ない。
「じゃぁ、そろそろ行きますね」
「ええ、お気をつけて。神のご加護のあらん事を」


「まさかビスがついてくるとはねぇ」
「犬だってたまには遠くに行ってみたくもなる」
「そうかもしれないけど……。
そういえばあの時、ビスが助けてくれれば……」
「いや、その時我が何処にいたか知っているのか?」
「あっ、そういえば、見なかったような」
「あの時我は、教会に向かっていた」
「そういえば、シスターがそんな事言ってたような言ってなかったような……って、どうしてビスが?」
「マリアの性格を大体把握してたからな。
あの子なら、きっとお主を助けに戻ってくると信じていた。
しかし、まさか殺されるとはな。あれは我のミスだ」
「そう……。
ところで、一つ聞きたいんだけど」
「なんだ」
「ビスって男よね?で、人間で言えば大体30歳位?」
「うむ。まあ、それくらいだろう」
「なんでやたらと私を舐めるわけ?」
「……」
「セクハラってやつ?」
「……それにしても、まさか吸血鬼に出会えるとは……」
「話をそらさない!」
「い、いやその、犬のスキンシップというやつだ」
「本当に?」
「あ、ああ、本当だ」
「イエス様に誓って?」
「……その白いコート、似合っているな」
「話を逸らすなぁ!!」


そして、今日も、終着点の分からない旅をする。
私の、私たちの居場所を探す旅を……。