血しか飛ばない 1


私は如月 彩(きさらぎ あや)、13歳。
背も胸も小さく、初潮もまだ来ない、ちょっと発達の遅れてる少女だ。
今は夜。
私は寝ようとしてベッドにいたが、隣りでは、見た目は清楚な少女・早乙女 明日華(さおとめ あすか)が何故か一緒にベッドに入っている。
「……あすちゃん(明日華のこと。私はそう呼ぶ)、何でここにいるの……?」
「あーちゃん(私のこと。クラスでは明日華のことをこう呼ぶ人もいる)の寝顔を写真に納める為に決まってるじゃん!」
ちなみに明日華は、見た目では分からないが、かなり重度のレズだ。
とりあえず彼女に処女を奪われない様にだけは気を付けたい。
「大丈夫だよ、処女じゃないあーちゃんなんて、なんかあーちゃんって感じしないもん」
「それは私が子供っぽいっていうこと?
 っていうか、私何も言ってないよ!?」
「それはあーちゃんと私の心が一つだから。
二人は永遠に離れられないんだからね」
「……うわぁ、やだなぁ……」
別に明日華が嫌いなわけではない。
ただ、私は明日華とは違い、好きな男の子がいる。
名前は矢谷 翔(やたに しょう)。
クラスでは余り目立たず、背も低く大人しいのだが、私は彼の優しさを知っている。
「あーちゃん、また男の事を考えてるの?
 あーちゃんの恋人はこの私何だから、女の子ならともかく、男なんかと浮気したら許さないからね」
「……寝てる最中に変な事したらそれこそ許さないからね」
「つまり、私に行動するな、と言いたいわけ?」
「……寝なよ。
 とにかく、変な事したら絶交だよ!!
 私は本気だからね!!」
「そ、そんな〜……」
絶交、は言い過ぎかなと思ったけど、彼女にはこれ位言わないと効果はない。
「じゃ、おやすみ」
「……駄目元で聞くけど、写真は?」
「駄目」
「だよねぇ……。
 せめておやすみのキスぐらいは……」
「……まぁ、限度を超えなければその位はいいよ」
「やたー!!
 じゃ、早速……」
明日華が唇を近付ける。
唇を重ね、私の口の中に舌を入れようとする。
思わず起き上がった。
「ちょっと、それはおやすみにしてはやり過ぎだよ!!」
「いいじゃないの、減るものじゃないし」
「……私の忍耐力とあすちゃんに対する信頼が減るよ」
「それは困る!!
 ……あ、でも、信頼されていない相手を無理矢理いじめるのも萌えるかも……」
「……萌えるって何?
 ていうか、それだけは勘弁してよ……」
「分かってるよ、破局は嫌だもん」
「はいはい、戯言はそれ位にしておいて。
 じゃあ、おやすみ」
「戯言じゃない!本気だよ!」
「おやすみ!!」
「……おやすみ〜……」
明日華は私が怒鳴ると、大人しく寝た。



明日。
目が覚めると、トイレに行くためにベッドから出ようとする。
だが、体が動かない。
金縛りか!?とも一瞬思ったが、次の瞬間にはその原因が分かった。
明日華が私をしっかりと抱き締めている。
「あすちゃん、起きてよ」
だが、起きない。
「……今起きたらキスしてあげるよ」
それでも、起きない。
「起きないと、嫌いになっちゃうよ」
しかし、やはり起きない。
「っていうか、本当に起きてよぉ!
 おしっこ、漏れちゃう〜!!」
襲って来る尿意を必死に我慢しながら、明日華を必死に起こそうとした。
朝から、今日はとても疲れた。
ちなみに今日は学校があるが、昨晩明日華と(というか明日華のせいで)夜遅くまで起きていたので、いつもより起きるのが遅くなった。
「……遅刻しても知らないからね」
明日華の腕を無理矢理ほどいて、トイレに行き、部屋に戻って着替えを始める。
パジャマを脱ぐと、幼く小さな白い肌が露になる。
まだ胸はほとんど膨らんでないので、今身に着けているのは、白いパンツだけだ。
そのとき、シャッターを押す音が聞こえた。
はっとして振り向くと、明日華がにやにやしながらこっちを見ている。
「あーちゃんの生着替えゲットー!!
 真っ白のパンツが眩しいねぇ!!」
「あ、あすちゃん!!何するのよ!!」
すると、明日華が立ち上がり、思わず私は後退りした。
「ほら、怖くないからこっちおいで〜。
 うわぁ、健康的な洗濯板……」
「あすちゃん、まるで親父みたいだよぉ!!」
明日華がカメラを構えながら近付いて来る。
私は胸を手で隠しながら後退りして逃げたが、とうとう追いつかれた。
「えへへ、ほら、手をどけてごらん?」
「やぁだあぁ!!学校おくれるぅ!!」
「学校なんてどうでもいいよ」
「良くない!さり気に皆勤賞ねらってるのに!!
 っていうかやぁめぇてぇー!!セクハラ反対ぃ!!」
必死で叫んだ。
すると、私の兄、克弥(かつや)が入ってきた。
「うるさいなぁ、朝っぱらから叫ぶなよ」
「やぁん!お兄ちゃん、見ないでよぉ!!」
「……いや、別にお前の体には興味はないが。
 っていうか何叫んでたんだよ?」
「だって、あすちゃんが……」
「明日華ちゃん?」
私と克弥は明日華の方を見る。
だが、明日華はいかにも今起きた様な、眠たそうな様子でベッドから出てきた。
「あ、おはようございます」
「あぁ、おはよう。
 ……なんで明日華ちゃんがいるんだ?」
「あーちゃんが、寂しいからどうしてもって……」
「すまんな、彩が迷惑かけて」
「いえいえ、この位はどうってことないですよ」
克弥と明日華が会話をかわす。
明日華は、私や他の友人達以外の人がいると性格ががらっと変わる。
それこそ、見た目通りの清楚な少女、と言った話し方になる。
普段がこれなら、私も余り疲れずに済むなぁ、と、しょっちゅう思う。
「っていうかあすちゃん、いつの間にベッドに!?」
「何言っているの?私はずっとここにいたよ?」
「いや、だって、さっきまでここに……」
「彩、明日華ちゃんはずっとベッドの上にいたぞ。
お前がうるさいから起きたんじゃないのか?」
「いや、違うよ。
 ていうか今日学校だからもう起きないといけないし」
「こら、彩。
 明日華ちゃんはお前を心配してわざわざ来てくれたんだろ?
 ちゃんとお礼は言ったのか?」
「そ、そんな、あーちゃんからのお礼なんて滅相もないですよ」
「いいんだよ、彩のこと、ありがとな。
 これからも仲良くしてやってくれ」
「はい!喜んで!」
これは演技ではないな、と思った。
「じゃ、彩。
 着替えたら降りてこいよ」
「あ、う、うん……」
克弥が部屋を出て行く。
ふぅっと溜め息をつき、着替えを再開しようと服を取り出す。
すると、後ろから明日華が飛び付いてきた。
「きゃあぁ!?」
「あーちゃんの胸ゲットー!!」
明日華が私の乳房に触れる。そのまま指をずらし、乳首を擦る。
「ちょっとあすちゃん、それはだめぇ!!」
「だって、あーちゃんがお兄さんに私の悪口言うんだもん!
 これはそのお仕置よ!!」
「分かった、分かったからやめてぇ!!」
泣きながら、私は必死に許しを請うた。



なんとか着替えも終わり、朝食も食べて、走って学校に無事着いた。
友人達は、いつもより遅い登校に少しだけ驚いていた。
一方私と同時に着いた明日華は、彼女の属するグループ(全員レズ疑惑)の友人に、何かの写真を見せていた。
嫌な予感がした私は、そっちのグループの輪に入った。
すると、いきなり腕を掴まれた。
「あーちゃん、今度うちに泊まりに来てよ!!ってか泊まりに行ってもいい?!」
「ずるい!あーちゃんは私が……」
「いや、私の恋人よ!!」
彼女等は、私の腕を引っ張りながら勝手なことを言う。明日華は明日華で、それを面白そうに眺めているだけ。何でこういうときだけ……。
「痛い痛い痛い痛い!!ちーぎーれーるー!!うーでーがぁー!!」
「やめなさい!!」
誰かが一喝する。すると、彼女等は私の腕を放し、黙り込んだ。
叫んだのは、学級委員長の池澤 由乃(いけざわ よしの)。
眼鏡をかけた、見た目クールで真面目なベリーショートの少女。
さり気なく彼女はそのクールな表情と大きな胸(わりと巨乳)が、男子に人気がある。
また、下級生の女子にも人気があるという噂も。
「彩さんの都合も考えてみなさい。かわいそうでしょ!」
周りの女子は黙り込む。
このグループは、何故か彼女には逆らえないらしい。約一名を除いて。
「あーもぅ、うるさいな!
ちょっと男子に人気だからって調子に乗りやがって!
黄薔薇のくせに!!」
明日華が由乃に向かって叫んだ。
「あすちゃん、黄薔薇って何?」
「彩さん、別にそれは知らなくて良いわよ。
 こんなお馬鹿さんみたいになっちゃうよ」
「誰がお馬鹿さんよ!
 あんたみたいな、いかにもガリ勉みたいな奴に言われたくないよ!!」
「……あのー、私も、どちらかと言うとガリ勉に近いんですけど……」
一応、毎日4時間以上の勉強時間を保っている。
「あーちゃんはいいの!可愛いから!!
 それに比べ、由乃は……」
「な、なによ!?」
「……知ってるんだよ?あんたの秘密……」
「な、なにそれ?知らないよ!
 そ、そんなことに、興味、ないし!」
「ふふふ、そんなことってどんなこと?って愚問はわきに置いといて。
 これを見てもそんなこと言えるかしら?」
明日華が取り出したのは、一枚の写真。
まさかと思ってそれを見ると……。
「「キャァァァァ!!」」
私と由乃が同時に叫んだ。
だが、その叫び声には何か別のものだった。
「あすちゃん、それ、返して!!」
「やだよー。これ、私のだしぃ」
それは、朝の私の着替え中の写真だった。
明日華は、それを高く掲げ、
ホレホレ、といいながらひらひらさせる。
明日華より幾分も背の低い私は、ジャンプして必死に取ろうとしていた。
だが、何かおかしいことに気付いた。
「……由乃さん、さっきの『キャァァァァ!!』は、何?」
「な、なんのこと?」
由乃が誤魔化す様に言う。
「まだボロを出さないか。なら、これでどうだ!?」
2枚目の写真は、私は見せてもらえなかったが、
それを見た由乃は、急に鼻血を噴き出した。
「ちょ、よ、由乃さん!?」
「結局、由乃も好きなんでしょ?あーちゃんのこと?ま、渡さないけどね」
「よしのさぁん……」
「ち、違うの!今のは鼻をぶつけただけで……」
「でもあんたの鞄の中にはあーちゃんの写真がいーっぱい」
明日華が机の下から鞄を取り出した。
「か、返しなさい!!」
どうやら由乃の鞄の様だ。
取り返そうとした由乃を無視し、明日華は鞄をひっくり返した。
すると、写真が10枚程と、小さなロケット、そしてメモ帳が出てきた。
ロケットの中には丸く加工された写真が入っており、メモ帳には星方やハート型に切られた写真が糊で貼られていた。
それらの写真の全てに、私の姿を確認する。
「よ、由乃さん……。これは……?」
恐る恐る尋ねる私に、特に言い訳するでもなく言った。
「だ、だって、しょうがないでしょ!?彩さんが、可愛くて、羨ましいんだもん……。
 で、気付いた頃には、彩さんのことが……」
聞かなきゃよかったと思った。
また一人、私のせいで争う人が増えてしまった。決して自慢でも、嫌味でもない。
これが、男の子にモテるっていうのなら、少しは自慢できる。
だが、相手は全員女の子。一人の少女として、これはさり気なく悲しい。
「誰が少女だよ?『幼女』ちゃん」
「えっ!?」
振り向くと、わりと仲の良い男子、荻原 鈬斗(おぎわら たくと)がいた。
小学生の頃、よく一緒に遊んだ、今も付き合いのある男の子だ。
「お前、少女と呼ばれるには少し小さ過ぎるぜ?」
「……気にしてるんだから……っていうか、また何も言ってないし!!
私の周り、みんな心が一緒なの!?」
「何言ってるんだ?訳わかんねぇな……。まっ、そこが『可愛い』んだけどな」
この場合の『可愛い』は、明日華のとは違い、絶対にからかいが含まれてる。
そんなこと分かっていても、異性に可愛いと言われるとどうしても恥ずかしくなる。
「おいおい、顔赤くして照れなくてもいいから。
 別にお前のことが好きなわけじゃねぇし」
「べ、別に、照れてなんか……」
更に赤くなる。
「それ位にしてあげたら?如月さん、困ってるよ」
誰かの声が聞こえた。
この声は確か……。
声の主を確かめるべく、私は声のした方を向く。
「……矢谷君……」
そこにいたのは憧れの人、矢谷 翔。
「そうだな、これ以上からかうと、彩、爆発しそうだもんな」
彼のその言葉を聞き、翔は机につき、読書を始めた。
「矢谷君……」
私の顔は、ますます赤く染まってしまった。
「……成程ね。
 ま、頑張れよ。あいつはこういうことには鈍いから」
「えっ、い、いや、何の事?!
 別に、矢谷君のこと、何でもないよ!?」
「ま、頑張れよ!」
「だからぁ、何でもないってば!!」
手を振り回しながら反論する。
きっと今、私の顔は真っ赤なんだろうなぁ、と思う。
そこに明日華がきた。
「まったく、由乃のやつ、あーちゃんのとんでもない写真持ってたよ!!
っていうか、どうしたの?顔真っ赤にして?」
「……とんでもない写真って、何?
 すごくやな予感がするんだけど……」
「うん、予感的中。
 ところで、何で顔真っ赤なの?」
「あー、それはなぁ、こいつ、やた……」
「ダメェーーー!!」
鈬斗が言おうとしたことを遮り、蹴り倒した。
「……なんか今日のあーちゃん、激しいね……。
 もしかして、朝のこと怒ってる?」
「そりゃ怒ってるけど、今のは関係ないよ、多分」
「なぁんだ、良かった。
 じゃあ、荻原が悪いの?」
「まぁ、そういうとこかな?」
「俺?!」
「いや、今のはたっくん(鈬斗のこと。小学生の頃からこう呼んでいる)が悪いって」
「そうだそうだ!!あーちゃんをいじめる男なんて、消えてしまえ!!」
倒れている鈬斗の頭をゲシゲシと蹴る明日華。
「あすちゃん、ほんのちょっとだけやり過ぎ」
「ほんのちょっとかよ!!やめろ!彩、止めさせろ!死ぬ!!殺されるー!!」
「殺すぅゥーーー!!」
「あーぁ、恋する乙女は罪だなぁ……」
何となく、呟いた。
別にに深い意味はないのだが。
明日華は、授業が始まり、先生が教室に来る頃には、
何ごともなかったかの様に席に着いていた。
一方の鈬斗は、先生が来ても死んだままだった(?)。



放課後。
私と明日華は部活に向かった。
二人とも演劇部で、いつもは私に付いて来る明日華だが、部活を決める時だけは、私が付いていった。
というのも、進学後には、私の周りに知っている友達が明日華しかいなかったからだ(鈬斗もいたが、彼は男子テニス部に入った)。
明日華に誘われたと言うのもあるが、誘われなくても、明日華と一緒にするつもりだった。
もちろん明日華にはそんなこと言わない。言えば絶対に、
『私とあーちゃんは一心同体だね!!』とか言って抱き付いて来る。
だから、絶対に言うつもりは……。
「あーちゃん、なんか変なこと考えててない?
もしくは私に隠し事?」
「いや、別に、そういう訳じゃないよ」
「ふーん、怪しいなぁ……」
「いつも通りの私だよ」
「まぁね、あーちゃんはさり気なくたまに変なところがあるし」
「む、失礼な。
 あすちゃんには言われたくないよ」
「あぁん、拗ねたあーちゃんも可愛いぃ〜」
「……」
駄目だ、明日華には何を言っても無駄な様だ。
そうこうしているうちに、部室に着いた。
今は文化祭が一ヶ月後に迫っているということもあって、
演劇部はその劇に向けての練習が忙しい。
というか、まだ劇で何をやるのかすら決まってない。
それでいいのか?とも思うが、ここの人達はのんびりしているので、
私でも、まぁ、しょうがないか程度の感覚である。
だが、明日華に何か案があるらしい。
いつもは不真面目(本人は真面目なつもりらしい)な明日華だが、
劇に関しては真面目なので、ここは明日華に任せることにした。
部室に着くと、先輩(部長・男)が明日華のところにやってきた。
「早乙女さん、原稿は出来た?」
「はい、完璧です!」
「どれどれ……、うん、なかなかいいね」
先輩が、明日華の原稿をサッと見ていう。
「ありがとうございます!
どう?あーちゃん。私の実力は?」
「まぁ、あすちゃんはやれば出来るんだから、この位、どうってことないよね」
「もちろん!やれば出来る、は余計だけど」
明日華が少しだけむっとして言う。
でも、それは誰から見ても本当のことであり、思わず苦笑した。
先輩が部屋中に聞こえる様に言う。
「さあ、早乙女さんが原稿作ってきてくれたから、配役を決めるよ」
どうやら、中世ヨーロッパが題材の、よくある王子様と王女様の話らしい。
隣りの国の王子様と策略結婚をさせられそうになった王女様が、城を抜け出し、遠くにいる大好きな王子様のところに行き、結婚してめでたしめでたし、らしい。
配役は、主人公の王女様、その両親、隣りの国と遠くの国の王子様。
王女様の付き添いの兵士とメイドさん。
そして、王女様の愛する娘が一人。
「何で無理矢理結婚させられそうになった王女様に子供がいるの!?」
「一度夫に先立たれて……っていう設定。
 そこは現代風にアレンジしてみたんだけど……。
 あ、もちろん王女様の娘はあーちゃんね!」
「な、なんで!」
私は必死に叫んだ。大体、おかしいってば!
他の部員に目をやる。すると、
「さすが早乙女さん。こういう劇も現代風にしたら面白そうだね」
「如月さんも、可愛いくて小さいから娘役は丁度いいわね」
「如月先輩、頑張って下さい!」
「彩たん、萌え!」
「早乙女、良い劇になりそうだな」
なんか変な台詞が聞こえたが、取りあえずみんな明日華の劇を絶賛しているらしい。
私の娘役も、ほとんど確定したに等しい。
「……私の周りって、何でこう……」
「どうしたの、あーちゃん?何か不満?」
「不満も何も、こんな役はいy……」
いやだ、と言いかけ、妙な視線を感じて周りを見る。
先輩も、後輩も、同級生も、明日華も、部長ですらとても不満そうな顔をしていた。
「……何でもないです」
言うと、部員全員の顔に、急に元気が甦った。
「よし、決定だな」
「……で、どうせ王女様役はあすちゃんでしょ?
相手が娘なら、何してもいいっていうわけじゃないからね!」
「違うよ。私に主役は無理」
「え?」
意外な返事に少し驚いた。
「っていうか、主役ごときが私だなんて勿体ない。
 主役は基本的に暴走出来ないからね」
「それをいうなら、私ごときが主役、じゃないの?」
「違う。主役ごときが私!」
……やはりいつもの明日華だ。
「というわけで、私は王女のメイドさん役!
 設定は、王女様LOVE!
 しかし、それ以上に王女様の娘LOVE!!!」
「……そうくるとは思わなかったよ。流石だね、あすちゃん……」
「でしょ?見直した?!」
「……うん、ある意味ね……」
まぁ、劇に関しては真面目な明日華なので、そこまで酷いものにはならないと思うが……。
他の役も決まり、今日のところは、役決めと台本の配布で部活を終えた。



部活の関係で、しばらくは忙しくて勉強時間減るだろうから、家に帰り、勉強する……予定だったが、明日華が、今日は両親が仕事でいないから、という理由で、うちに泊まりに来ていた。
「……二日連続だよ……」
「いいじゃん、別に。
 あーちゃんの両親も私の両親も公認だし。
 もちろんお風呂と布団は一緒だよ!」
「あーはいはい、わかってますよ」
私の勉強時間は、今日は珍しく4時間をきった。
夕食を食べ、お風呂からあがり、私の部屋に入る。
「ほ〜んと、あーちゃんは可愛いなぁ……。
 こんな妹、欲しいなぁ……」
私の肩を抱き、まだ湿っている髪を撫でる明日華。
普段はそんな素振は見せないが、実は私は明日華にこうされるのが好きだ。
なんだか、明日華の、本当の優しさ……、人の温もりを感じることが出来る。
私は矢谷 翔が好き。でも、早乙女 明日華も、好き。
明日華の影響かもしれないが、私にも少しレズの気があるのかもしれない。
ふと、頭に浮かぶ疑問。
昔から、私と明日華は友達だが、きっといつか離れ離れになる。
そのとき、明日華は私を、私は明日華を捨ててしまう様なことは有り得るのだろうか。
「……ねぇ、あすちゃん?」
「ん?どうしたの?可愛い声出して」
「あのさ……。
もし、あすちゃんは、私よりも可愛くて、私よりも友好的な女の子が、付き合って下さいって言ってきたら、どうする……?」
「そりゃ、速OK!!」
予想通りの答えが帰ってきて、少し不安になる。
恐る恐る、質問を続ける。
「……その時は、私のこと、捨てちゃうの……?」
すると、明日華が私の肩を、さらにギュッと抱いて、笑いながら言う。
「まさか、私はあーちゃんを捨てないよ。
 さっきの質問、真剣な質問だったの?それなら、全然OKじゃないよ。もちろん断る。
 だって、私の恋人はあーちゃんしかいないもん!」
少しだけ嬉しくなり、涙が出そうになる。
「あすちゃん……」
私は肩を抱いている明日華の腕を、ギュッと握りしめる。
「私達、離れ離れになっても、ずっと友達だよ……」
「もぅ、馬鹿ねぇ。
 私が、あーちゃんの側を離れるわけがないじゃない」
「そうだよね。
 あすちゃん、私のこと、大好きだもんね」
自然に顔に笑みが浮かび、明日華に微笑みかけた。
「可愛い子。これからも、側を離れてあげないからね」
「うん」
「もっと酷い目に合わしちゃうからね」
「いいよ。いつまでも、一緒にいられるなら……」
先刻にも増して、ギュッと腕を握る。
「本当はね……」
明日華が語り出す。
「本当はね、由乃と同じ。ただの憧れだったんだ……。
 外見も内面も、とても可愛くて、誰にでも好かれる、あーちゃんへの憧れ……。
 それが、いつしか恋に替わっていた。
 あーちゃんに迷惑をかけているのは分かってる。それでも、私はあーちゃんが、好き……」
「そんな、迷惑だなんて、気にする程のことはされてないよ?
 むしろ、感謝してる。あすちゃんは、いつでも私のことを考えていてくれるから……」
「……じゃあ、これからも……」
明日華が私に顔を見せずに言う。少し、口ごもりながら。
「あすちゃん?」
「これからも、こんなことしていい?!」
明日華が抱きついてきて、私の胸に手を伸ばす。
「前言撤回!!やめてぇ!!」
必死に叫ぶ。
でも、わかる。
何かは分からないが、明日華は、何か別のことを言おうとしていたことを。
そして、それが、私にとって、とても嬉しいことであるということことを……。
必死に、明日華の魔の手(?)から逃れ、落ち着いてから、言う。
「あすちゃん、そろそろ寝よ」
「うん。おやすみのキスも忘れないでね」
「キスはお預け。さっき散々悪戯したでしょう?」
「え〜っ!何で何で〜!?」
「あはは、分かったよ」
明日華の唇に唇を近付ける。
明日華が腕を伸ばし、私の後頭部と背中にまわす。
唇を一度離し、明日華が両腕を私の頭にまわし、再びキス。
私も、明日華の背中に両腕をまわす。
すると突然、部屋のドアが開いた。
「あら、お取り込み中だったかしら?」
お母さんだった。
「もう、彩ったら、明日華ちゃんに手を出しちゃったの?」
「ち、違うよ、お母さん!」
「そうならそうと、早く言ってくれれば良かったのに。明日華ちゃんなら、お母さん大歓迎よ。
 明日華ちゃん、また彩のわがままに付き合わせてごめんね。
 差し支えがなければ、どうして彩を選んだのか、教えてくれるかしら?」
「あーちゃんが恋人になってって、とても可愛く言ってきて、それで思わず……。
 でも、後悔はしていません。
 だってあーちゃん、こんなに可愛いんだもん!」
明日華が抱き付いてくる。そういえば、明日華はお母さんの前でも普段ほどではないが暴走気味だ。
むしろお母さんがそういうのが好きだから自然とそうなってしまうのだろうが。
「……あすちゃん、それ、真実から相当かけ離れている気がするんだけれど……」
「もう、彩ったら。そんなに照れなくてもいいのに。
 さっきも言ったけど、お母さん、明日華ちゃんならOKよ」
「だから、違うってば!
 私、あすちゃんの恋人でもないし!!」
「あ、あーちゃん、酷い……。
 あんなに、あんなに愛し合ったのに……」
明日華が、(演技で)泣きながら言う。
「あらあら、彩ったら、もうそんなとこまでいったの?」
お母さんが、からかいを含めていう。
だが、遂に私の頭の中の、何かがキレた。
「だーかーらー!!違うってば!!
私には、好きな男の子が、いるんだからっ!!!」
ほとんど怒鳴り声だった。
そして、思わず『しまった』と小声で呟く。
「「えっ?」」
お母さんが、にやにやしながら、明日華が、顔を真っ青にしながら、言った。
「「だ、誰!?」」
「えっと、それは、そのー……」
まずい。
お母さんの世代の人間は、皆噂好きだから、知られれば、近所で噂になってしまうだろう。
明日華に知られれば、『裏切り者!!』とか言われて、嫌われてしまうかもしれない。
というか、そうなる前に、矢谷君の命が危ない。
「えっと……、や……た……」
「「や?た?」」
駄目だ、ここは……。
「や、やっぱり……担任の先生が……」
……うまく誤魔化せた?でも、お母さんと明日華の動き、完全に止まってますが。
ちなみに担任の先生だが、若くてスポーツも出来、なかなか面白く、ちょっとかっこよくて男子にも女子にも人気の先生だ。
男嫌いの明日華でさえ、好感を抱くことの出来る数少ない人間の一人だ。
「……あの、あーちゃん。ちょっといいかな?」
ぎくっ。
「な、何かな……?」
「えっと、その、ね。お姉さんが思うに、この場合はそういう好き、とは違うと思うんだ」
いつからお姉さんに、という突っ込みはあえてしない方向で。
「あ、……え?あの……」
「それとも、先生に恋愛感情でも抱いてるの?」
「え?いや、それはないけど……」
お母さんはがっかり、明日華はかなり疲れた表情をしている。
よし、矢谷君の命はなんとか助けた。
気まずいというか、どうしたらいいのか分からないような空気が漂い、三人とも沈黙。
お母さんがその沈黙を破った。
「あ、も、もうこんな時間じゃない!
 二人とも、そろそろ寝ないと明日起きれないよ」
「そ、そうですね!
 あーちゃん、そろそろ寝ようか?!」
「う、うん……」
なんか無理矢理治まった。
「じゃあ、お母さんお休み」
「はい、おやすみなさい」
お母さんが部屋から出て行く。
すると、明日華が私の肩を掴んで言った。
「あのね、あーちゃん。
 恋愛の場合の好き、と好感が持てる場合の好き、は意味が違うの」
「そ、そうみたいだね。
 ごめんね、なんか混乱させるようなこと言って……」
って、元々悪いのは私じゃないって。
こんな展開に持っていったのはお母さんと明日華じゃないか。
私が謝る意味なんて……。
「ねぇ、あーちゃん、ちょっといい?
 もう一度聞くけど、好きな人、いるの?恋愛の意味で」
「あの、いや、そういう意味では特にいないよ」
肩から手が離れる。力が急に抜けたような感じだ。
「……今夜は良く眠れそうだよ」
「それは、良かった……のかな?」
「どうだろうね。
 少なくとも同時に寿命が縮まったよ」
あはは、と明日華が苦笑し、そのまま布団に潜り込む。
数分もしないうちに、静かな寝息が聞こえてきた。
「……あすちゃん、もう、寝た?」
返事はない。
「……ごめんね、裏切るようなマネをして。
 でも、私は……」
矢谷君の顔が頭に浮かぶ。
いや、今は矢谷君より、明日華が大事だ。
静かに寝ている明日華の頬に軽くキスをし、もう一度「ごめんね」といって眠りに就いた。

《続く》